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ニャンちゅう活動報告書

自由をテーマにした猫と自身の記録。

「エリート」の苦しみ - エリートにならなくても良い理由

周りを見回したら、1人2人はいますよね。

 

エリート」って呼ばれている友人、知人、親戚 .....etc

その艶美な響きについ憧憬を抱いてしまうのは、世の常。人の常。

 

でも最近は「エリート」にならなくても良いんじゃないか!などと偶に思ったりもしています。

 

エリート」は「エリート」で苦しい、辛い、なんて良く言いますが、正にその通りだと感じるからです。(エリートになったこと無いけど)

 

今回は、じゃあその「エリートの苦しみ」って何だ?っていうのを具体的に解き明かしてみたいと思います。

 

1. 「エリート」の要件

 

そもそも「エリート」とは、どんな人たちのことでしょう?

 

外資系コンサル・銀行、国家公務員、弁護士、医者・・・なんとなくぼやっとしたイメージはすぐにでてきますが、いまいち核を捉えられませんよね。

 

そこで、改めて調べ直してみたところ、

 

elite

選ばれた者、精鋭、エリート(層)

<引用>  eliteの意味 - 英和辞典 Weblio辞書

 

だということが判明しました!

つまり、競争社会の中で勝ち抜いてきた上位の人達のことです。

 

この認識は、私たちが以前いだいていた「エリート」の認識と矛盾しないですよね。

 

2. 「エリート」のもうひとつの要件

 

さて「エリート」が、何となく上位層の人たちの事だと確認できました。しかし、僕は「エリート」であるためには、実はもうひとつ大切な要件があると思っています。

 

それが「(経歴に)1点の曇りも無い」ことです。

 

そう、私たちは素晴らしい経歴、かつそれが完璧である人のことを「エリート」と呼ぶのです。おそらく、3年間も空白の時期がある人のことを「エリート」とは呼ばないでしょう。

 

エリート」は完璧であるからこそ「エリート」と呼ばれるのです。

 

3. 「エリート」の苦しみ

 

エリート」な人は、完璧であるからこそ「エリート」であるということを、潜在的によく理解しています。そして、だからこそ自分の経歴に1点の曇りもつけないことに対して尽力し続けるのです。

 

これが「エリート」の苦しみです。

 

現実は、泥臭くて不恰好なものばかりですから、この法則に縛れると身動きがかなりとりづらくなります。

 

周囲の人が発する「エリート」という言葉は、あなたに最大限の"癒し"と"満足感"をもたらすことは間違いありません。あなたにっとって命の次に大切なものかもしれません。

 

エリート」は、不可逆なラベルです。

一度、失えば再び手にすることは難しいでしょう。

 

しかしながら、それを維持するために人生の大半のエネルギーを費やしても良いのでしょうか。それは本当にあなたの人生を豊かにすることがあるのでしょうか。

 

これからの未来は 「エリート」では無い何かと向き合う必要がありそうです。

 

 

 

 

ちなみに、僕は「エリート」になりたいです。