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ニャンちゅう活動報告書

自由をテーマにした猫と自身の記録。

芸術という名の心臓

芸術はなぜ必要なのか?

 

と、色々な方からよく聞かれます。

そしていつも答えに戸惑ってしまうのです。

 

今この瞬間に、芸術がこの世界から無くなっても、直ちに死んでしまうような人はいないと思います。恐らく僕も死にはしません。

 

この問いは、いつも頭の中のどこかに潜み、微かだけれど持続した痛みを共います。

 

 

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日中は昨日の宣言通り、ビジョンを振り返っていました。

 

平日の昼間からビジョンを考えているような同期は中々いないだろうなと考えると、劣等感やら優越感やらが入り混ざって複雑な気持ちです。

 

幸い、青空と白い雲が窓の外に広がり、爽やかな気分を取り戻し、揚々と紙にペンを走らせます。

 

目的とは?

価値観とは?

未来のイメージとは?

 

依然として、具体的な言葉に落とし切るのは時間がかかりそうですが、4、5回ほど推敲を重ねたあたりから、かなり良いものになってきました。

 

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...

....

.....「芸術という名の心臓

 

無意識の中、急にこの言葉が現れました。カチカチっとした音が体の奥深くから聞こえたようです。

 

どのような思考プロセスがあったのかは分かりませんが、ビジョンを練り上げていく工程の最中に、頭の中のブロックとブロックが組み合わさり、この言葉が忽然と目の前に組み上がったのです。

 

そして、さらにそれは人が人であるためには「芸術という名の心臓」が必要であるという答えを導きました。

 

芸術はなぜ必要なのか?という問いには、無限の思想や哲学が考え得るとは思いますが、突然に今日、答えが一つ見つかったのです。

 

これは、"人が生存するためには、全身に血流を流し続けるために鼓動する心臓が必要である"のと同じように、"人が人であるためには、人の心を動かし続けるために鼓動する「芸術という名の心臓」が必要である"ということだと後ほど分かりました。

 

芸術という名の心臓」を失った瞬間、人の心は失われ、人が人でなくなるのです。生命としての死ではなく、人としての死が訪れます。

 

芸術は人の心を動かす心臓です。

 

ただ、立派な絵画や彫刻だけが芸術ではなく、日常にある何気ないものでも、そこに"人らしさ"さえこもっていればそれは芸術なのかもしれないと思います。

 

青空と白い雲の中に、思わぬ副産物を見つけました。発見と創造の興奮で心臓がいつもより少し高まって鼓動しているようです。

 

良い一日でした。